NPOいわて地域づくり支援センター


by iwasen_icsc_2005
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カテゴリ:東日本災害復旧&復興( 27 )

 2011年3月11日の被災後、沿岸の被災者の中には仮設住宅ができるまでの間の3~4カ月間ほど、内陸の宿泊施設などに一時避難をされていた方々がいらっしゃいました。
 岩手県の内陸に位置する西和賀町にも100人ほどの被災者の方が4~8月頃までの間、避難生活を送りました。その時、避難されていた方は、陸前高田市の各地から来てましたが、「はまなすの会」という会を作り、西和賀町の方々との交流などを行っていました。当センターでも「はまなすの会」を通して、赤い羽根や日本財団さんの助成金を受けて、西和賀町の方々と一緒に被災者支援を行いました。
 2011年の夏に、陸前高田の仮設住宅に戻りましたが、それからも折に触れ、西和賀町の方々との交流は続きました。
 交流の一つとして、西和賀町大野地区では田圃を用意し、春には「はまなすの会」の人を招いて田植えを一緒に行い、秋には稲刈りをしました。
 今日は、収穫したお米の配達を兼ねて、同窓会を陸前高田市の横田にある川の駅で行いました。
 はまなすの会の菅野会長さんからのごあいさつ。挨拶を聞いていると、西和賀で暮らしていたころのことが思い出されます。すごい雪に驚いてましたよね。
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 次に、お米の贈呈式です。みんなで収穫したお米のほかに、交流のカレンダー、手作り味噌なども送られました。
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 そのあとは、交流会。懐かしい話に花が咲いて、とても楽しいひと時。
 一人で仮設住宅に暮らしているおばあちゃんたちからも「とても楽しい」とたくさん言ってもらいました。今年は雪も降るし、寒いし、いつもはテレビを相手にしている・・とも。仮設住宅では、被災前の隣近所の人とは離れて暮らしているということで、なかなかお茶っこのみの機会も少ないとか。そういう現実もあるということ。もっともっとできることがあるかもしれないと思いました…。
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 今日のふるまい。特に人気は西和賀のワラビ。塩漬けワラビですが、やっぱりすごくおいしいと高田の人もパクパク食べてました。それから栗。高田の人たちはみんな栗がすごく好き。西和賀の栗はまたまたおいしいんです。
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 それから、交流会の合間に、西和賀の方は陸前高田の語り部ツアーにも行ってきました。
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 最後に記念撮影。また来春、田植えで会いましょうね。元気で、元気で。春は近いです。

 この交流事業は、バスの借り上げ代等は日韓共同募金の支援をいただいています。ありがとうございます。

(わかな) 
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by iwasen_icsc_2005 | 2013-02-09 17:43 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)
 「新しい公共」事業の支援を受けて、昨年度から田野畑村で入浴&買い物送迎サービスを、当センター、田野畑村、田野畑村の福祉施設等で協議会を作って、運行を行っています。
 すごく好評で、震災後の村民の憩いの場として活用されています。「週1回のお出かけのために、畑仕事を頑張ってかたしてしまう」とか「以前は一人では歩けないようだったのに、今は杖もなく歩いている」とかお話を聞くと、すごく嬉しくて…。センターとしてお手伝いしていることは本当に小さいことですが、みんなで協力するとすごいことができるもんだなと実感しています。

 津波により、村内の大型ホテル羅賀荘は3階まで壊されていましたが、ようやく昨年の11月下旬から再開を始めました。
 ホテルは3階に大きな展望お風呂があって、雄大な太平洋を見ることができます。
(これは、私が止まった9階の部屋からとった眺めだけど、ほぼこんな感じ…。漁港に少し傷跡が見えるけど、朝焼けの海の美しさは変わりません。)
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 12月11日、入浴&買い物送迎タクシーの第1陣が到着しました。今までは町外の入浴施設に出かけていましたが、この日から羅賀荘も加わり、どのくらいの参加者になるかちょっと心配だったけれど、たくさんの方が来てくれました。
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 1階はリニューアルされ、フロントの位置が変わりました。すっかりきれいになった様子に、村民の皆さんも驚いてました。(私も驚きました!)
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 2階の休憩室に移り、しばしお茶を飲みながらみんなでワイワイと近況報告。羅賀荘に久しぶりに来た感想として、「やっぱりいいねえ」って。よかった。
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 午前中、皆さんはひとっ風呂あびて、昼食もここでみんなで食べます。午後は、もう一度お風呂に入る人もいるし、おしゃべりする人、寝る人、カラオケする人・・・みんなめいめいに過ごします。そして、14時ごろに村内のお店によって帰ります。
 また、来週、元気で会いましょうね。

 羅賀荘、復活です。村内の観光地北山崎も鵜の巣断崖も変わらぬ雄大さです。ぜひ、遊びに来てくださいね。(写真は、夏の北山崎からの眺望)
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(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2013-01-29 10:12 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)
 9月も下旬というのに、暑い日が続きますね。まだ1週間程度は続くみたいですね…。もう、暑くてもいいから、雨が降ってほしいです…(涙)。

 今、岩手県内各地では秋祭りの真っ最中です。今日は遠野を車で通りすぎた時に、神楽のお囃子が聞こえてきました。そんな時節ですが、お祭りつながりでアップを忘れていた8月の七夕祭りの記録です。

 被災後、4月~8月頃まで内陸の西和賀町に陸前高田の皆さんが内陸避難生活を送っていました。その時に支援をしたきっかけで、西和賀の方は陸前高田の方の支援を続けています。最近は、「チームにしわが」を結成し、これからも長期的に支援を続けていく体制を整えました。(当センターを通じて、日韓共同募金を活用させていただいています。ありがとうございます。宣伝。)

 8月7日、陸前高田氏の気仙町にて、けんか七夕が開催されました。被災前は6台あった山車は5台が流され、昨年度は1台で「けんか」ができない中での七夕となったということですが、今年は茨城のスーパーカスミさんなどの支援を受けて山車を1台新調し、震災後初めて「けんか」をできる!という熱い思いの中での七夕でした。

 準備のため、朝は6時集合。すでに、暑くなり始めてました。今日も天気は良好!
 お祭りのメインストリートとなる場所。被災前は、住宅が立ち並んでいたということです。
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 今年の山車。黄色い山車が津波を乗り越えた荒町の山車、左の紫のほうが「今泉」と書いてあるので、この夏に新調された山車です。
 想像していたものより大きくてびっくり。それに飾り付けも初めて見ます。仙台の七夕に近いですね。伊達藩だからかな。これをぶつけ合うというのですが、このときは全く想像がつきません。
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 飾り付けを近くで見ると、紙のひもに紙の花が結いつけられています。今年は、この飾りにみんなの短冊も括り付けられました。この花織はすべて手作りです。一部は西和賀町の福祉施設のおばあちゃんたちも折ったとか。そんな支援、つながりもあるんですね。
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 この山車、何がすごいって全部手作りなんです。しかも金具をほとんど使わずに山から切り出した藤づるで固められています。祭りの2か月前から、気仙の男たちが山から切り出すところから作業を始めて、最後はほぼ徹夜で作り上げられています。
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 次々と集まってくる男衆たちの祭り姿がかっこいい。めいめいに意匠を凝らした衣装。祭りの花ですね。今日のこの日のために作り上げてきた達成感と喜びがにじんでます。見ているだけで、万感。
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 そうこうしている間に、西和賀町から「雪」が届きました。ダンプ2台分。西和賀町はかまくらで有名な秋田県横手市に接する豪雪地域です。毎年、雪氷祭りを夏に開催しているということで、その余ったものがあったということで、急きょ運んでくれました。夜明け前3時から運搬作業をしたとか。お疲れ様です。
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 この真夏に雪!何に使うのかと思ったら、「暖炉」ならぬ「雪冷炉?」 ベンチもおいて、暑さをしのぐ場所が作られました。関東から支援者の子供たちも来ていたので、大喜びでした~。
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 午前10時、いよいよ山車が出され、1回目のけんかが始まります。
 山車を引き出す前にご祈祷がされました。万感の思いがそれぞれの胸に満ち溢れます…。
 こんなに強く、そしてたくさん思いが詰まったお祭りを、私は初めて見ました。
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 いよいよ山車が出されました。どんなふうに動かされるのかと思ったら、ハンドルがあって、タイヤが動くわけではないので、前後の梶棒を左右に押したり引いたりしながら動かされます。こんな大きなものが!!
 このときは、危ないので、一般の人は見るだけです。
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 けんかの前に、街を練り歩きます。このときは、みんなで引き綱を持って引っ張って歩きます。掛け声は「よいやさ~よいやさ~」。みんな・・・みんなに届くように、大きな声で歩きます。太鼓と笛のお囃子どんどん。
 今泉の人たちは、おなかにいるときからこの太鼓の音を聴いて育つんだって。だから、激しい太鼓の音だけど、生まれたばかりの赤ちゃんもながずに喜ぶんだって、今泉の男が教えてくれました。お祭りは血肉に溶けているもんなんですね。
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 いよいよ「けんか」です。このけんか、上手にぶつかるように調整した後、ひもを反対側に伸ばして、それをみんなで引っ張ってぶつけ合うんです。最初にどーんとぶつけて、そのあと引っ張り合う。やってみると綱引きのよう。引っ張られちゃうのも怖いから頑張って引っ張ります。それが結構しんどくて、太ももがいたくなった・・・。1日に3回やるんですが、私は2回参加。2回とも勝ちました!(やったー)
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 けんかの最中は、山車の上では笹をぶつけ合います。結構激しく叩き合って、見ているとすかっとします。
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 山車が動いている間は、けんかとけんかの合間でもずっと太鼓とお囃子が鳴ってます。それを鳴らしているのは、地元の子供たち。すごい。けんかと祭りのDNAが埋め込まれるはずです。かっこよくて、ずっと眺めちゃいました。
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 夜になると、山車の飾りつけが変わります。夜のけんかが一番の見どころとか。お客さんも続々と増えてきました。
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 夜2回ぶつけ、最後にみんなで一本締め。祭りは盛り上がりに盛り上がり、終わりました。

 お客さんも帰り始めて、そのあと、祭りの直前に急死した仲間のために、最後に太鼓が叩かれました。最初1台の山車だけで叩いていたのを、もう一台も叩き始めて、すべての力を使い果たしてしまうかのようにお囃子が気仙の町に海に響いて、いつまでも響いて止みませんでした。本当の祭りはなかなか止まず、「今年の太鼓はこれでたたき納め。力の限りたたけ。」その言葉の通りの響きでした。

 祭りを見ていた西和賀町の人が、「これが本当の祭りだよな。多くの祭りは、ただのイベントなんだ。」とつぶやいていたのが、忘れられない。「祭るもの」があって、初めて「祭り」になる。
 本当の祭りを、人生で初めて見せつけられた、長い一日でした。

 こうして、気仙、今泉は、未来へ続いていく。つなげられていく。人がつないでいくだね。すごい。

(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2012-09-17 03:59 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(1)
 最近、視察の受け入れの問い合わせをちょくちょく受けることが増えてきました。
 震災後遠慮していた+復興の様子をみたい、というニーズが出てきたことを実感しています。
 岩手で忙しくしてるようでも、視察をお願いできるような地域というのは実際は多くはありません。自分の力の小ささを感じるとともに、視察受け入れの難しさを毎回感じます。震災や津波の危機は日本各地にあるわけだし、世界を考えたときにも、公的な機関も入って、小なり大なりに関係なく、しっかりと広報担当部署などがあってほしいなあと切実に思うこのごろです。

 そうこういってもいられないので、今回はいつもお世話になっている崎浜地区にお邪魔させてもらいました。
 今回の視察団は、私も所属している農村計画学会の若手研究者たちです。
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 崎浜漁港で、震災直後の様子などを話す、崎浜公益会副会長の中嶋さん。(青い作業服)
 なまなましい様子を語っていただきました。

 次は、5月3日に陸前高田市内の新しい仮設商店街の中に開所したまちづくり協働センターのスタッフの三浦さんです。三浦さん自身も被災者で、センターでは、各集落が復興に向けて歩き出す手伝いなどを行っていきます。視察団からは、集落コミュニティが復興しようとしたときにみられる課題やそれに対して行政や研究が役立てることなどたくさんの質問が出てきました。三浦さんは、それにひとつひとつ丁寧に答えていただきました。
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 今日が、いつかどこかで何かの実になればいいなと楽しみにするような、祈るような気持ちです。

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(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2012-06-16 10:19 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)
 4月から7月までの間、沿岸被災者の多くの方が、内陸の各市町村の宿泊施設で避難生活を送りました。
 西和賀町でも陸前高田市などから100名ほどの方が来て、避難生活を送りました。その生活の中で、陸前高田の皆さんが「はまなすの会」として代表を決め、役場とのやり取りや避難生活の人の連絡網などをつくり、安心して避難生活を送れるように自分たちで取り組んでいました。当センターとしてもそのお手伝いをしていました。

 この日は、西和賀にいたときに、西和賀町内の大野集落が田植えイベントを企画して、陸前高田の皆さんに植えてもらったお米ができた、ということで、はまなすの会の皆さんにできたお米を届けて回りました。
 陸前高田の横田の川の駅ではまなすの会の幹事の方と待ち合わせということで、そこに向かったところ、はまなすの会の皆さんが10名ほど集まっていてびっくり。久しぶりに皆さんの元気な顔を見ることができて本当にうれしかったです。
 みんなで車3台に分乗して、1軒1軒懐かしい顔を見て回ります。西和賀には市内各地から来ていたので、皆さんあちこちの仮設にいらっしゃいます。
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 ついつい上がってお茶などしているとまわりきれません(笑)
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 大野集落では今年は大根がよくおがったということで、大根もおすそわけです。この一袋がひとつの世帯分です。

 これからの支援で、一番大切なことは「つながり続けていくこと」と、多くの方が言います。「私たちを忘れないでほしい」といわれることも。たとえ、数カ月に1回でもいい、「元気ですか?」って、電話でもいい声をかけ続けていくこと。時には会って、ばか話したりして。
 これからも、遊びに行きます~。

(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2012-01-15 10:59 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(1)
 東日本大震災津波後、仮設住宅が決まるまで、陸前高田市の被災者の方100名ほどの方が、西和賀町で内陸避難生活を4か月(4月~7月まで)ほど暮らしました。その時、西和賀町大野集落の方が励ましの活動として、田んぼを提供し、田植えイベント行ったとのこと。
 今回は、その時の稲が立派に(?)成長したということで、稲刈りツアーを行いました。県の補助もいただいて、バスを仕立てて、懐かしい温泉旅館での1泊ツアーです。
 春にみんなで植えた田んぼが、今はすっかり刈り入れ時です。バインダーで刈り取り、はせ掛けをする予定でした。
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 朝7時ごろ陸前高田を出発して、10時過ぎに西和賀町に到着。しかし、この日はなぜか早朝から大雨。残念ながら田んぼはぬかるんで、作業は中止となりました。(残念)
 で、急きょ、栗拾い(笑)
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 今年は、栗が豊作のようです。この栗は、山栗ではなく、大野の集落の幹事の方の栗ですが、こんなこともあろうかと栗を拾わずにとっておいたとか。10人以上拾ってもとりかねるような量でした。
 稲刈りより、好評だったかも・・・(笑)。 
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 栗拾いの後は、大野集落の公民館に移動して、交流バーベキューの準備です。その前に、しばしの歓談。陸前高田の方もいろんなところから集まった方々でしたので、ここで会うのが久しぶりな方も。西和賀に移り住んだ方もいるので、話に花が咲きました。
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 しかし、女性陣は自らバーベキューの準備で大忙し。お客様扱いしないのが大野流。春の田植えの時も、結局ほとんど陸前高田の方々が積極的に取り組んだのが、好評だったとか。
 陸前高田の方々の結束というか、まとまりの良さは、本当に脱帽です。海の方の気質なのか、同じ釜の飯を4カ月食べたせいなのか、本当に大きな家族のような絆を感じます。何をやるにも手際がいい。
 大野のお母さんたちと忙しく準備です。
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 いよいよバーベキューの開始です。雨も上がり、無事に乾杯。
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 陸前高田から、採れたてのサンマも届き、すっかり満腹。誰が大野の方で、誰が陸前高田の方か、なんだか見分けがつきませんね。
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 最後に、陸前高田の幹事さんから締めのあいさつです。
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 お互いさまの交流が、これからも無理なくゆるりと続くといいなと感じました。また西和賀に来てくださいね。
(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2011-11-21 02:12 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)
 津波の被害を受けた三陸町崎浜集落は、集落が独自に復興会議を立ち上げ、復興に向けて、自分たちで取り組むべきことの模索を始めています。
 一番の課題は、住宅の再建ですが、家を失った世帯の中には、新しく住宅ローンを組んで家を建てるという選択をしない世帯も出てくることが予想されるため、会議では、公営住宅の建設を市に要望して行こうという意見がでており、さらには高齢化が進むことが予想されることから単に集合アパートではなく、ケア付きの公営住宅にしてもらいたいという意見が出ています。
 そこで、この日、花巻市東和町の商店街に建設中の「こっぽら土澤」の視察に行きました。
 「こっぽら土澤」は「普通のマンションやアパートとは違います。入居者や隣り近所の方々がほどよい人間関係の中で絆を保ち、互いに支えあいながら暮らす住居」として建設され、今年10月に完成しました。
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 4階建ての1階には、ヘルパーさんなどの詰所、2階には店舗やお総菜やさん、3階、4階は賃貸アパートや分譲アパートが入っています。お総菜やさんは、「今日はご飯を作るのが面倒だなあ」という時に利用できるほか、働く場所としても機能します。
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 部屋は一人暮らしや二人暮らしに適した間取りになっていて、各フロアーには、共有スペースがあったりする様子を見てきました。
 崎浜の人にとっては、予想よりやや規模が大きかったようですが、実際に見ることができて、より具体的にイメージできるようになりました。
 これからの崎浜にとって必要な集合住宅を、これからみんなで描いていくことになります。
 こっぽらのみなさま、ご協力をありがとうございました。(こっぽら土澤のHP http://www.nagayagurashi.com/)
(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2011-11-15 22:11 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)
 岩手県沿岸の被災地を訪ねたときに、郵便局の車を発見。
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 被災地では、ATMが流されて不便という声も聞きます。こういうの、便利なんでしょうね。
 しかし…ゆうちょカラー目立っていいですね。
 ナンバーがわからないように画質を下げていますが、徳島のナンバーでした。徳島は本当に山深い山村集落が多くて、何度も行っていますが、あそこで活躍しているのかなあ。
(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2011-11-05 02:51 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)

つながりづくり 7/27

 岩手県の「さんりく基金」の事業の一環として、沿岸と内陸のつながりづくりに取り組んでいます。
 この日は、内陸の紫波町を拠点とするNPO法人風・波デザインさんにお邪魔し、女子会の取り組みをお聞きしてきました。
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 女子会…なんと魅力的な響き。
 私は、あまりなじみがなかったのですが、緩やかなつながりで、参加したい時に参加する、やりたいことができたら声をかけて、集いが生まれれば集う。そんなつながりのようでした。
 今回、女子会が紫波町にあるらしいと聞いて尋ねたのは、以前に久慈市にあるNPOやませデザインさんを訪ねたときに、そのメンバーの一人が女子会をやっていて、そのメンバーで野田村の仮設住宅に花を届けているという話を聞いて、もしかしたら何か一緒にできないか、これからのつながりづくりのヒントがないかと思ったからでした。

 紫波町の女子会では、とっても魅力的な人がやっている喫茶店があって、そこを集いの場所などにして、今では、その喫茶店のそばに畑も作って、有機的で楽ちんな楽しい畑をやっているということでした。

 仮設住宅や被災集落でも、この「女子会」から始まるような集いがあってもいいなと、すごく参考になりました。
 女子会サミットとかで、内陸と沿岸がつながったり、いつかするかもとか。

 普段は、計画を作って、それから実践に取り組んで・・・とやっているけれど、そういうひとつひとつ積み重ねていくような活動以外にも、やり方ってあるんだなと目からうろこでした。
 ヒアリングでしたが、お茶しているような楽しいひと時でした。
 どこかでご一緒できたらいいな。これからも、よろしくお願いします~。

(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2011-09-19 04:30 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)
 陸前高田で被災し、西和賀町に避難していた皆さんが、県が定めた期限の7月11日に帰っていきました。仮設住宅が決まった人だけが戻れるので、まだ、戻っていない方々もいますが、「はまなすの会」の支援は、これで一区切りとなりました。

 つらくて、かなしい出来事がきっかけでしたが、この日のお見送りでは、2カ月ちょっとの間ともに過ごした被災者の皆さんと旅館の女将さんなどとの間に、あたたかな感謝の言葉がたくさん交わされました。

 西和賀での日々や、育まれたご縁が、これからの生活の中で、少しでも安らぎになれればと祈るばかりです。

 また、笑顔で、会いましょうね~。
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 西和賀の老人ホーム光寿苑さんの協力を得て、最後の一時帰宅バスが出発しました。(わかな)
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by iwasen_icsc_2005 | 2011-09-10 10:40 | 東日本災害復旧&復興 | Comments(0)